朧月

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『敵わない』-成実/亘理御前-

 
 奥州の冬は雪深い。連日の雪で城内も一面が雪に覆われて、目を細めるほど白銀に輝いていた。
 蔀越しに見える中庭に積もる雪に那都(ナツ)は回廊へと出て天を見上げ、
「藤五郎様、二本松はこのように多く雪が降るのですね」
 と笑った。
 亘理に居た時には、これほどの雪を見たことがなかったのだろう。輿入れした時に雪の多さに驚いていた事を成実は思い出していた。目をくるくると動かして手を伸ばして雪を掌に取ると、無邪気に燥ぐ那都に成実は口端を緩め、
「これでも米沢に比べれば少ない方だ。米沢はすごいぞ! 初めて米沢であの雪を見たときには俺も肝を冷やした。政宗がな――」
 と元服前に米沢で見た雪景色を身ぶり手振りを加えて那都に聞かせてやった。
政宗の話をする時の成実は実に楽しそうで、那都は成実が政宗をどれだけ慕っているかを誰よりも感じていた。普段、自分との話では見せぬ顔……。複雑ではあったが、成実の話は聞いていて楽しかったし、何よりもその姿を目に映すことが出来る事に那都は安堵するのだった。
  





 雪が変わらず降り続くある日の事。急ぎ様があるようで、成実は部屋に籠り筆を走らせていた。
「藤五郎様、少し休まれてはいかがですか」
 休む事無く政務に励む成実に、那都が声をかける。
「ん……ああ……」
 と返ってきたのは気の無い返事。
 聞こえてはいるのだろうが、何かに集中している時の成実は大抵このようなふうで、那都を見ることも無く続けて筆を走らせる。
「藤五郎様」
 もう一度声をかけたが、その声は風の音に掻き消されて成実には届かず、那都は成実に聞こえぬように小さく息を吐いた。
 その顔はどこか寂しげに微笑んでいたが、背を向けている成実がそんなことに気付くはずも無く、しんとした部屋に筆と紙の擦れる音が響いていた。
 その後、暫くそのまま其処に座して、外を眺めたり背を向けたままの成実を見つめたりして過ごしていた那都だったが、不意に立ち上がると部屋を後にして暫く戻ることは無かった。





 数刻ほどして、成実の鼻先を香ばしい香りが掠め、成実の手が止まったのと同時に、
「藤五郎様、そろそろ……」
 と那都の声がした。
「ん!?」
 振り返った成実が返事をするよりも先に、眠っていた腹の主が
「ぐうーっ」
 と返事をしたものだから、一瞬目を真ん丸にした那都が、堪えられずにくすくすと笑いだす。
 鳴り止ま無い腹の主に成実はバツが悪く、手で腹を押さえ咳払いなどして音の聞こえない様に務めるのだ。
 その姿がまた滑稽で、年上であるのに愛おしくさえ思える。
「さ、どうぞ」
 笑いを堪えた那都がすっと盆を成実の前へと差し出すと、先にも増して香ばしい香りが広がり、成実はもう腹の主を抑える事を諦めた。
「……お前も遠慮せず食え」
「よろしいのですか?」
「その方が、美味いからな」
 口端を上げて成実が言い、二人は共に餅を口に運ぶ。
 雪景色を眺めながらの暫しの休息は、ゆるりとした時を刻み、埋もれた雪の間から顔を覗かした椿も、二人の姿を見守っている様だった。
「うん! 美味いな」
 口いっぱい頬張る成実の幸せそうな顔と言ったら他に無い。
 恐らく自らを着飾ったり、新しい香を立ち込めて気を引こうとも、彼の人は此方を向いてはくれなかったであろうと那都は思う。少々寂しい気もするが、味噌を纏った餅には敵わないのだ。
 今は漸く見ることが出来た想い人の笑顔が唯々嬉しいと那都は破顔し、そんな那都の心の内に気が付く成実ではなかったが、理由が分からずとも那都が笑むと安堵し、そして自らも穏やかな心地になっていた。

 




 笑い声が漏れ聞こえ、しんとした場内にも緩やかな風が流れていっている様に感じる。
 部屋から少し離れて控える淡路は、互いに笑むその仲睦まじい様子の二人に漸く胸を撫で下ろしていた。
 亘理の姫が輿入れした後、成実が城に居る事は少なかった。城に居たとしても姫の元を訪れようとはせず、淡路や羽田は勿論の事、亘理の者までが、二人の先を案じていたものだ。
「あの様子ならば、和子も近々ですな」
 その声に振り替えると、淡路の後ろで回廊の柱の陰から羽田が顔を出している。
 どうやら羽田は二人の姿をそっと陰から確認してはこちらも安堵している様子で、まったく羽田殿には敵わぬと淡路は苦笑して、
「良き事にございます」
 とだけ答えた。





 皆、それぞれ敵わぬものがある。











 
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Date:2013/06/18
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