朧月

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□ novel □

彼方へ『約束』/『誓い』-成実/亘理御前-

『約束』


「那都、大森はあっちだ。ほら、あの高い山、霊山の向こう」
 亘理城の西側、居館の立つ切り立った崖の上からは、阿武隈の山々を見ることが出来る。大森を探そうと、指さされた方を背伸びして見ても、いつもと変わらない景色が広がるばかりだった。
「ん……此処からお城は見えません」
「そりゃあ、城は無理だよ」
「那都は、大森のお城が見てみたい」
 頬を膨らまして、下を向くと、
「叔父上やお前の父上に連れてきてもらえば良いじゃないか」
 そう言って覗き込み、頭を撫でてくれたが、それはかなわぬ事。
「御祖父様も父上も女子は駄目だと、連れて行ってはくれません」
「うーん……」
 暫く考えると、時宗丸様は良案を思いついたと、手をぽんと鳴らした。
「那都、俺の嫁になれば良いよ。そしたら大森に来られるだろ」
「……お嫁に?」
「うん。嫌か?」
「いいえ、那都をお嫁に貰って下さるのですか」
 驚きと嬉しさで顏を上げると、
「な、良案だろ」
 時宗丸様が、笑った。





 あれから、どれだけの年月が過ぎたのだろうか。
 時宗丸様が大叔父様と共に亘理を訪れられると、決まってこの場所で戯れたものだと目を細める。
 方々を指さし、城から出ることの無い私に、大きな身振り手振りで沢山の土産話を聞かせてくれたのは、もう随分と前の事。
 それに喜び答える様に微笑むと、嬉しそうに歯を見せ笑い返してくれて――。
 私は、その笑顔がとても好きだった。
 今も時折この場所に来て霊山の向こうを見やるのは、小さな私を宥めるために言った言葉が、幼い頃の戯れ言でしかないと分かっていても忘れることが出来ずにいたから。
 もしかしたら……。
 そんな夢物語を信じて待っている自分を、父上には悟られてはいけないと取り繕い過ごしてきた。
 私は、父上の決めた方の元へ嫁ぐのだから――。
「もう、忘れなくては」
 呟いて溜息をついた時、後ろから大きな声がした。
「姉上、やはり此処でしたか」
 誰かと思えば一つ下の弟、定宗だ。
 息を切らして走り込んで来るとにやりと笑い、
「成実殿は此処からでは見えませんね」
 と言った。
「なっ、何を言って」
 声が震える。誰にも知られてはならないのに、その名を口にすることさえ私は出来ないのに、定宗は。
 狼狽える私に定宗は溜息をついて続けた。
「姉上、落ち着いて下さい。俺は幼少より、姉上と成実殿の姿を見てきました。姉上が成実殿を慕っておられる事くらい、見れば分かります」
 おそるおそる定宗の顔に視線を移すと、定宗はにこりと笑う。
「今、此処で言ったこと、誰にも話してはおりませんか?」
「はい。姉上が困る様なことはいたしません。ご心配なく」
 その言葉に、ほっと胸をなでおろした。
 定宗を信じている。でも、伝えておかねばならない。
 そう思い、定宗の方を向いて口を開いた。
「忘れて。私ももう忘れましたから」
「はい?」
 意味が分からないと言った様子の定宗に続けて言う。
「藤五郎様の事は、今後一切口にしてはなりません。良いですね」
「姉上、そんな」
 言いかけた定宗の声を打ち消すように、平静を装い言葉を重ねた。
「何か、急ぎ用があったのではないのですか、定宗」
「えっああ……父上が探しておられました」
「そう、分かりました。では、急がねばなりませんね」
 そう言って微笑み、逃げるようにその場を去る。
「姉上! その――」
 定宗の声はしたが、聞こえぬふりをして父上の元へと急いだ。

「――忘れるなど無用な事ですよ」

 もちろん、背に掛けられた言葉に気が付く筈もなかった。





「父上、那都でございます」
「入りなさい」
 戸を開け、部屋へ入ると、父上と御祖父様が座っておられた。
「那都、此処へ」
 改まった空気に、何事かと心の臓が早鐘を鳴らす。
「お前も十四、年頃になった。そこでだ、そろそろ嫁ぎ先を決めねばならぬ」
「はい」
 何方の元に嫁ぐのだろうか……。
 不安を隠してにこりと微笑んでみせる。
「何処へ嫁ぐのか聞かないのか」
 此方を伺うようににやりとし、父上が言うので、
「父上の決められた方の元へ、それが私の務めだと……そう思っております」
 母上に教えられた世の習いの通りに答えた。
「うむ、そうか。良い心がけだ。この縁組が、我が家にとって実りあるものになる事は間違いない。もう暫く先になるだろうが、お前も心して努めるように」
「はい、父上」
 そのやり取りを黙って聞いていた御祖父様が、突然くっと笑いをもらしたかと思うと、堪えられないといった様子で肩を揺らした。
「重宗、勿体振らず早く教えてやれ」
「父上……今言おうと」
 苦笑する父と肩をゆらす祖父、訳が分からず二人の顔を交互に見て首をかしげた。
「で、嫁ぎ先だが」
 笑みを浮かべたまま、父上がゆっくりと口を開く。
「大森伊達家、成実殿の元だ」
「え……」
 思いもしなかった名に、驚きで言葉が出てこない。
「どうした那都、不満か」
 茶化すように祖父が言う。
「とんでもございません。その、思いもかけない事で……」
「その様子だと、嬉しいらしいな」
 上ずった声で答えると、父上がにやりと笑い、満足といった表情を見せた。
 頬が熱を帯びていくのが、自分でも分かる。
 想いを取り繕い隠してきたはずだったのに、どうやら定宗だけでなく、父上も御祖父様も、自分の心の内をご存じなのだと分かると、恥ずかしくて仕方が無く、私の頬は真っ赤に染まった。
 椿の花が頬に咲いたようだ、と肩を揺らして笑う御祖父様と父上に丁寧にお辞儀をし、部屋を後にして一人自室へ向かうも、どこか夢見心地のままふらふらと歩いていたらしく、突然目の前に現れた定宗とぶつかる。
「やっ!」
「姉上! 大丈夫ですか」
 その声に我に返ると、今度は納まりのつかない気持ちが溢れだす。
「定宗……私、藤五郎様の、藤五郎様の元へ――」
「だから、言ったのに……姉上、落ち着いて下さい」
 妹たちを宥めるように定宗が言う。
 小さな騒ぎに、何事かと不思議そうに様子を伺いながら、弟や妹たちが集まってきた。
「姉上、どうしたの。泣いているの?」
「お嫁に行くのよ。嬉しいの」
 涙をいっぱい溜めた目を細めて笑った。
 




「な、良案だろ」
 あの日の、時宗丸様が胸の奥で笑っている。
 藤五郎様とお会いするのは、もう暫く先の事になるだろう。
 今はただ、その日が来るのを、今か今かと待つばかり。





 END/『約束』










『誓い』


「那都、大森はあっちだ。ほら、あの高い山、霊山の向こう」
 二本松城の居館から、霊山を眺めながら遠い昔を思い出す。
 亘理で指さし探した方々。見たいとせがむ姫の願いを、あの時は叶えてやれなかった。ここへ来る道中、少しでも目に出来ていれば良いが等と、思いを巡らせていた。
「いよいよでございますな」
 背の方から羽田の声がして振り返る。
「お前の方が嬉しそうだな」
 そう言って笑うと、
「若殿の喜び事に接せるのですぞ。これほど嬉しいことなど他にありますでしょうか。この日をどれだけ待ちわびた――」
「あー分かった、分かったよ」
 羽田の喜び勇む姿に、この婚儀にどれだけの意味があるのかを解する事が出来た。
 以前より、父上と叔父上の間で約束されていたのだろう。亘理家にとってみれば、伊達家との繋がりを更に深める良策である事は間違いない。
 姫は言わばその証――。
 名も知らなければ、姫の事など考えもしなかっただろうが、幼き頃共に戯れた記憶が、胸の奥を突くようだった。
「あいつにとってみればとんだ災難だな」
 傍の者に聞こえぬよう、苦笑して呟いた。
 その様子に気づいてか、淡路が近く寄り口を開く。
「如何されましたか。まさか気が乗らぬ等と仰せられるのではありませんな」
「いやいや。父上も望まれての事、そうでは無い。いよいよだと羽田が煽るからな、気が張ってきよった」
 そう言って豪快に笑うと、羽田はやれやれといった顔をし、皆はつられて笑った。
 部屋が歓喜に包まれる中、空を見上げた羽田が言う。
「本日は良い日和になりましょう。伊庭野も草葉の陰で喜んでおるかと」
「そうだな」
 今は亡き伊庭野の姿を想い描き、自分も同じ空を見上げた。





 数刻程経っただろうか、城内が俄かにざわつく感じがして、迎え役の大きな声が響いた。
「姫様、お支度整いました」
 その声に息を大きく吸っては吐く。
 緊張した面持ちで祝いの席へと移動し、回廊へと視線を向けた。
 侍女に手を引かれてしずしずと歩く姫が見える。純白の衣は雪と共に城内を化粧している様で、日を受けて輝いていた。
 ゆっくりと歩む姫の、時折見え隠れする朱紅が雪の中からのぞく椿の花びらの様で、見とれるようにじっと見つめてしまう自分がいた。
 年十四、女子とはあのようなものなのか――。
 そんな思いが頭を廻った。
 それをちらりと見て、隣で満足げに笑む父上が、勘違いをしているのではないかと気にはなったが、弁解しても仕方がない。
 身近な女人と言えば母上や乳母、馴染んだ侍女しか知らない自分にとっては、姫の姿がとても儚く可憐なものに感じられていた。
 初めて顔を合わせたのは何時だっただろうか……。
 久しぶりに顔合わせることになった亘理の姫を瞼に映しながら、記憶を探ってゆく。
「時宗丸さまー」
 小さな姫が其処に居た。
 自分を見つけては駆け寄るその顔は、いつも笑顔で溢れていて、後を追う姫が、妹のように思えて嬉しかった。
 くるくると良く動く瞳と話すときの大きな身振りが可愛くて、つい構い過ぎて泣かせたこともあったなと振り返る。
「まさか夫婦になるとは……」
 そう呟く声を消し去るように、
「那都でございます。どうかよろしくお願い致します」
 凛とした声が響いた。
 その声は、先ほどの儚き姿からは想像できないもので、思わず姫を凝視する。
「よく参られた、久しぶりであるな、姫」
「はい。お久しぶりでございます」
 父上の声に、黒目がちな瞳が二度三度と瞬いて細められる。微笑んだその顔は、どこか懐かしく感じられた。
 目が合うと、慌てた様子で頬を染める姫の姿に、こちらまで頬が熱くなる気がしたが、狼狽えては恰好つかぬと憮然な態度を装った。
 父上が席へ座るよう姫を促し、固めの儀が慣わしに沿い執り行われていく。
 姫と共に上座へ座ると、朱塗りの杯が運ばれ、酒が注がれた。
 どうもこの空気は落ち着かない。
 緊張と気恥ずかしさで、酒を一気に流し込んでその場をやり過ごした。
 膳が用意され、宴が始まると、あちらこちらで声が上がり始める。
 いつもの通りの賑やかな空気で部屋が包まれて、漸くほっと胸をなでおろした。
「こうでなくてはな」
 隣に座る姫も、口の前で手を合わせ微笑み楽しんでいる様子。
 あの頃の姫と重なる仕草にどきりと音をたてた心の臓と、姫を気にかけ、安堵する自分に自問自答しながら、それらを隠すようにまた酒を煽った。





 夜が更け、宴は終わりを告げる。
 姫は奥へと下がり、一人で暫くの時を過ごす事となった。
「はあ……」
 城内は、誰もいないと思える程に静まり返っている。家臣達の気遣いであろう。目くばせする羽田が浮かぶようで、この後の事を考えると気恥ずかしく、その上何を話そうか等と考える自分が滑稽でならなかった。
「成実様、用意が整いました。どうぞ奥へ――」
 あれこれと考えていると、廊下から侍女に声を掛けられる。
「わかった」
 返事をし、大きく息を吐いてから立ち上がり、意を決し奥へと歩みを進めた。
 薄明りの中で、静かに座っている姫の元へ一歩踏み出すと、侍女が戸を閉め、二人きりになる。
 何から話そうか……。
 暫しの沈黙に息が詰まりそうになって、重い口を開いた。
「縁あって夫婦になった。亘理と違う事もあり、初めは戸惑われるだろうが、不便あれば遠慮なく言うように」
「はい。ありがとうございます」
 その後の言葉が続かない。
「その……久しぶりだな」
 思わず口にしてしまったとしても、なんとも間抜けな事を言ったものだ。もう少し気の利いた言葉は無かったものかと自分を恨む。
 その思いを拭い去るように、姫が言葉を重ねた。
「お久しぶりでございます。ずっとお会いしたいと……」
「えっ」
「那都は、この日を今か今かと待ちわびておりました。今日、晴れて藤五郎様の妻に成れました事、幸せに感じております」
 どんな顔で姫を見たのか自分でも分からない。
 驚きで、言葉が出なかった。
「何故、そのように驚いた顔をなされるのですか」
「いや……思っても見ないことを言うから――」
 姫が続ける。
「幼き頃にお会いしてから、藤五郎様の元へ嫁ぐことを夢見てお慕いしてまいりました。お忘れかも知れませんが、嫁にもらってやるとおっしゃったではありませんか」
 その言葉に、一瞬にして記憶が蘇る。
「あれは! ……お前はそれをずっと信じてきたと言うのか」
「はい。藤五郎様は嘘などつかれるお方ではありません。現にこうして」
 姫はそう言い、満面の笑みを返した。
 幼い頃から自分の言葉を信じて待っていたと姫は言う。良い子を沢山産むのだとか、無邪気に先の世を語るのだ。なんともいじらしく、愛おしいものか。
「まったくおまえは――」
 自分を信じて疑わない五つも下の姫の言葉に胸が熱くなり、手を取り、柄でもない事を口にした。
「ならば、俺はそなたとその子、一生をかけて守ろう」
 守るものがまた一つ増えたのだ。後ろになど、一歩も引くものか。
 




 END/『誓い』



2013年5月発刊 伊達成実アンソロジー『余るも夢の』に掲載
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Date:2014/01/24
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