朧月

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『文』-成実/岩城御前/小僧丸-

 あの日がまたやって来る。
 水無月が近づくと決まって胸の中がざわめく。




 きっと俺は囚われたままなのかも知れないと成実は縁側に腰掛け空を見上げた。
 脳裏に描かれる彼の人は、同じ絵ばかりを成実に見せる。
 いくらでも描ける思い出はあるはずなのに、決まって描かれるのは最期の姿なのだ。
 名を呼ぶと消え入る声で
「藤五郎様……」
 と微笑み息絶えた那都の姿。
 年月を重ねても甦る光景に、成実は目を閉じた。
 さわさわと風に擦れる葉の音が、胸の中掻き毟るような行き場の無い思いを撫でてくれているようだと感じ、成実はその場に身をまかせるのだった。
 暫くして、成実の手にぬくもりが触れた。
 それは何時から其処に居たのか、小僧丸の小さな手だった。そして、少し身を引いた場所には亘理に来てから一緒になったもう一人の妻。
「お休みの所を申し訳ありません」
 と眉を下げ、彼女は何時もと同じように遠慮がちに言葉を続けた。
「お戻りと聞きましたので……」
「変わりないか?」
 成実の方も言葉を選ぶように言う。
「はい」
 岩城御前は言葉少なに答えると小僧丸に手を差し伸べ、此方へと促した。
「構わぬ。久方ぶりだ、暫く此処に居れば良い」
 場を離れようとした岩城御前を察して、成実が声をかけると、彼女は少し驚いたような顔をした後、柔らかく笑んだ。
「ほら小僧丸、此方だ。父が遊んでやろう」
 成実はそう言うと、小僧丸を抱き上げた。




 茶を入れると岩城御前が席を外し、成実は小僧丸の守をすることになった訳だが、ごそごそと動き回る幼子は成実の手に余る。
 前の子は此処までは育たずにたいして抱いてもやれなかったし、子を育てた経験は無いに等しいのだから仕方ないのであるが、ふと気を抜いた隙に事は起きた。
 少し目を離した間に、部屋の隅に置かれた文箱に小僧丸の手がかかったのだ。
「小僧丸!」
 声を上げたが時すでに遅く、畳の上には中に収められたものが散らばった。
 声を聞きつけ急ぎ次女が来たので、成実は次女に小僧丸を預けて拾い集める事にした。
 一つ一つ拾っていくと、散らばった物の中に那都の忘れ形見が――。
 随分と時が経ったのだと、成実は古びた品を手にして実感する。そしてその中に、藤五郎様と書かれた懐かしい文字を見つけた。
 今まで気づく事の無かったそれに成実は息を呑む。それから、すぐさま人払いを言い渡して一人部屋に座すのだった。
 皆、何事かと案じたであろうが、今の成実にはそれを気遣う余裕など無く、思いがけ無い事にただ戸惑っていた。
 今になって……。それが正直な気持ちではあったが、彼の人が認めたそれを知りたくもあった。
 おそるおそる文を開くと、其処に書かれていたのは、感謝の念。
「礼を言いたいのは此方の方だ……。那都、すまぬ」
 きっと彼奴は返事を待っていただろう。もっと早くに気付いてやればと後悔して、成実は溜息と共に震える声で名を呼んで詫びた。
「今からでもまだ間に合うか?」
 そうつぶやくと、成実は筆を執り文字を綴った。
 彼の人に宛てた最後の文。
 
 那都へ――

 最後の文字を書くと成実は丁寧に文を畳んだ。縁側から中庭に出るとしゃがみこみ、二つの文を合わせて火をつけた。






 返事は届いただろうか。
 立ち上る煙に目を細めて成実が空を見上げる。
「また、何時か必ず逢える」
 その言葉の返事のように柔らかい風が頬を撫で、空に舞い上がった。
 すとんと中で何かが落ちた気がし、成実は穏やかな笑みを浮かべ、何時までも空を見上げていた。







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Date:2014/01/05
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